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「合衆国再生」(バラク・オバマ著)
米国経済の悪化懸念とは対照的に、民主党の大統領候補指名争いが熱を帯びている。優勢とみられていたヒラリー・クリントン氏を抜き、トップに躍り出たバラク・オバマ氏。共和党より民主党の候補が注目を集めるのは、クリントン氏が勝てば米国初の女性候補、オバマ氏なら黒人初の候補となるからだ。
クリントン氏の政治家としての有能さは折り紙つきだが、オバマ氏も負けず劣らずタフで有能だということを本書は教えてくれる。北欧系米国人の白人の母親とケニア出身の黒人の父親との間に生まれたオバマ氏は、複雑な生い立ちをバネにたくましく人生を生き抜いている。
名門法律専門誌初の黒人編集長やシカゴの下町の非営利組織(NPO)の活動を経てイリノイ州選出の上院議員になった。シカゴ大学でも憲法学を教えるなど、超一流の法律専門家でもある。
本書では、クールかつ現実的に現代の米国社会を分析している。オバマ氏は学者のように精巧な論理を展開するが、決して難解ではない。
オバマ氏が演説する場所はどこもロックコンサートのような熱気に包まれるという。彼のことを「演説はわかりやすくても経験と中身がない」などと評する人もいるようだ。だが、黒人への偏見が根強く残っているにもかかわらず、彼に変革を求める米国人が増え続けているのも事実だ。
(日経産業新聞 2008年3月28日掲載「私の本棚」より抜粋)
「ロスチャイルド家と最高のワイン」(ヨアヒム・クルツ著)
最近、日本でもワイン愛好家が増えている。ワインといえばフランスのボルドー地方が有名で、その五大シャトー(ぶどう園)のうち「ラフィット」と「ムートン」の二つをユダヤ人実業家のロスチャイルド一族が所有している。その華麗なる一族のワインビジネス競争と歴史をつづったのがこの本である。
もともとワインはフランスよりも英国で飲まれていた。1855年のパリ万国博覧会を前に、ボルドー産ワインを格付けするようになったのを機に、フランスでも飲まれるようになった。そしてボルドー産ワインの人気も一気に高まった。
ワイン需要の拡大に着目したロスチャイルド一族のナサニエルが、「シャトー・ラフィット」を持つ義父のジェームスに対抗するため、「シャトー・ムートン」を手に入れたところから、一族内におけるワインビジネス競争が何代にもわたって繰り広げられるのである。
二つのワインが世界で名声を獲得し続けたのは、品質の良さに加え、二つのロスチャイルドの家系が途切れることなく続いてきたためだ。彼らには忍耐と情熱、広い視野に基づいた戦略性のある経営、新規顧客開拓への努力が備わっている。「ロスチャイルド(仏名ロートシルト)」という伝統的で響きのよいブランド名も効果があった。同族同士のワインビジネス競争が互いのブランド戦略にプラスに働いたのだ。
(日経産業新聞 2008年2月8日掲載「私の本棚」より抜粋)
「波乱の時代」(アラン・グリーンスパン著)
本書は1987年8月から2006年1月まで約18年の長きにわたって米連邦準備理事会(FRB)の議長を努め、世界経済をリードしてきたアラン・グリーンスパン氏の回顧録だ。資本主義経済の「現在・過去・未来」が描かれている。
「グリーンスパン哲学」と呼ばれる彼の経済政策の思想哲学は、三人の歴史的人物に影響されているという。国際貿易による分業の利点を説いたアダム・スミス、王権神授説を否定した啓蒙(けいもう)思想家のジョン・ロック、資本主義経済におけるイノベーションの重要性を強調したジョゼフ・シュンペーターの三人だ。特に欧米の市民革命の思想的バックボーンを作ったロックの影響が強い。
グリーンスパン氏がFRB議長に就任した後にベルリンの壁が崩壊、社会主義経済の矛盾が明らかになり、旧ソ連をはじめとする東側の世界に急速に資本主義経済が広がっていった。しかし、世界が直面している問題は多い。教育・所得格差、高齢化、エネルギー不足、そして中国やインドなどのアジア諸国の急速な発展とその未来など。
この「波乱の時代」をグリーンスパン氏はどう理解したのだろうか。現状と課題を踏まえて三十年後の「市場と国家」の未来像をどう描いたのか。音楽家でもある彼の視野の広さと見識の深さ、そして卓越したバランス感覚に魅了され驚かされる本である。
(日経産業新聞 2007年12月21日掲載「私の本棚」より抜粋)
「プライドと情熱」(アントニア・フェリックス著)
米国の第一期ブッシュ政権(2001-04年)で国家安全保障担当大統領補佐官を務め、05年に発足した第二期ブッシュ政権の国務長官を務めているコンドリーザ・ライス氏。「コンディ」の愛称を持つ彼女は「最もパワフルで影響力のある女性の一人」(米有力紙フォーブス)であるだけでなく、洗練されたファッションセンスでも注目されている。
彼女は学者として、また政治家として中東問題や対ロシア・アジア外交において幅広く活躍している。本書はパワフルで才能あふれる女性がいかにして生まれたのかを伝えている。
彼女は人並み以上の努力を重ね、運にも恵まれた。夢を実現していく彼女の高い能力と強い意思にも感嘆させられる。それと共に、彼女の両親の崇高で高度な教育方針も興味深い。
子供への深い愛情と世の中の矛盾や不条理に立ち向かうプライドと情熱。両親の卓越した英才教育があればこそ今日のコンディがある。英才教育は学問だけでなく、芸術やスポーツにも及んでおり、彼女のピアノとスケートの腕前はプロ級だ。
本書はアフリカ系米国人女性として初めて権力の中枢に登り詰め、活躍の場を広げている彼女のヒューマンヒストリーだ。だが、単なる立身出世物語ではない。人種や性による差別やハンディを乗り越えるには、心身のバランスが取れた教育がいかに大切かを教えてくれる。
(日経産業新聞 2007年11月2日掲載「私の本棚」より抜粋)
「私なら、こうする!」(ジャック・ウェルチ、スージー・ウェルチ著)
本書は米ゼネラル・エレクトリック(GE)を時価総額世界一の企業に育てた「経営の神様」ジャック・ウェルチ氏と彼の妻との共著だ。ビジネスに関する質問に応じるウェルチ氏の回答を収録している。その領域は起業や経営の相談にとどまらず、仕事の進め方、仕事上の悩みまで多岐にわたっている。
ウェルチ氏は時には経営者、ある時には起業志望者、またある時には学生と、質問する人の立場に身を置いて親身になって答えている。回答内容は彼独特のユーモアを交えながらも、鋭く、的を射た、時宜にかなったアドバイスになっており、一気に読み進めることができる。
日本人ビジネスマンに人気がある経営学修士(MBA) の学位の重要性に関する質問には「せいぜい一年ぐらいの効果しかない」と手厳しい言葉を返している。MBAを取ったことで満足せずに、日々努力を重ねて周囲の信頼を勝ち得た人が、結果的に高い業績を残していることを指摘している。
経営者にも参考となる助言がある。優秀な人材が集まる会社にするには、「社会にとって良いことはビジネスにとっても良いこと」を熟知しながら業績をあげ、「一緒に最高の旅をしよう」と人の心を魅了する呼びかけができるようにしなければならないという。有能な人が有能な人を呼び、勝利が勝利を呼ぶ。そのような好循環を生み出せる組織や企業を目指したい。
(日経産業新聞 2007年9月14日掲載「私の本棚」より抜粋)
「日本の選択」(ビル・エモット、ピーター・タスカ著)
少子高齢化や経済のグローバル化、技術革新など日本が抱える課題は多い。本書を著したジャーナリストのビル・エモット氏と証券アナリストのピーター・タスカ氏は共に親日家の英国人であり、徹底した規制改革で「小さい政府」を志向する「サッチャー・チルドレン」でもある。彼らは英国が最近二十年間に経験したことを踏まえ、日本の将来像を示している。
本書の議論は経済に限らず、アジアの国々との関係や憲法改正、軍事、個人間の所得格差など多岐にわたる。日本の重要課題を検討する際に有用な視点が盛り込まれている。
バブル崩壊の痛手から日本経済は日本経済は立ち直り、景気拡大局面は戦後最長を更新している。ところが、日本企業や経営者がバブルの失敗を恐れるあまり、自信をなくし、狭量で内向的になったと本書は指摘する。
自動車メーカーと電機メーカーがいまだに日本経済を支えていることに対し、著者は危惧を抱く。日本にはグローバル化した企業が少なく、特にサービス業では皆無に等しい。この現実を目にすると著者は日本の将来に悲観的になる。企業には世界の企業を相手に戦うハングリー精神が必要なのだ。
閉鎖的ではあるが、絵はがきのような「美しい国」を目指すのか、グローバル化された「刺激的な国」への道を歩むのか。日本人が帰路に立っていることを本書は教えてくれる。
(日経産業新聞 2007年7月20日掲載「私の本棚」より抜粋)
「成果を上げて、定時に帰る方法」(フォーガス・オコネル著)
欧米諸国からは遅れてしまったが、日本でもワークライフバランス(仕事と私生活の調和)の考え方が若い人を中心に広まりつつあるようだ。一日の時間には限りがあることを認識し、仕事だけではなく、個人の生活も大切にするのが人間らしい生き方だという。それには会社で過ごす時間を上手にやりくりするための知恵がいる。
この本は残業をしなくても仕事で成果をあげることを目的としている。筆者は経営者でありながら、数理物理学を学んだことがあり、「働き方を変える」ための効率的な方法を具体的に示している。自分のための時間をどう使うかを考えることが時間管理につながり、無駄な残業を減らすことにもなる。働き過ぎを自覚することの大切さも説いている。書かれている方法は理にかなったものばかりだ。
とはいえ、実際には上司や同僚から受ける心理的な影響は強い。職場での時間を共有する彼らと良好な関係を維持しようと思えば、仕事が終わったからといって「定時に会社を出る」ことはなかなかできない。必要もないのに付き合いで残業してしまう人は意外に多い。
著者は上手な残業の断り方を身につけることも定時で帰るための有力な方法の一つだと主張している。上司や同僚による残業の誘いをうまくかわすことは、ビジネスマンにとって必須の能力である「交渉力」を磨くことにもなるのだ。
(日経産業新聞 2007年6月1日掲載「私の本棚」より抜粋)
「ヒラリーvs.ライス」(ディック・モリス/アイリーン・マクガン著)
本書は2008年の米国の次期大統領選を巡る女性二人の「闘い」が主題だ。だが、同じ女性でありながら対照的な二人のリーダーの「成功比較論」が本書の隠されたテーマだと私は感じた。ここで言う二人とはヒラリー・クリントン上院議員とコンドリーザ・ライス国務長官(通称コンディ)だ。
彼女たちは卓越した能力を持つこと以外は、すべて正反対だ。白人と黒人、北部出身と南部出身、民主党と共和党、既婚と未婚、弁護士の経験を持つヒラリー氏が内政問題に詳しいのに対し、国際政治学者出身であるコンディは外交の専門家だ。
頭角の現し方も違う。米国大統領となった夫の出世を支えながら自分の目標を定めて実現したのがヒラリー氏ならば、コンディはたゆまない努力で自らの才能に磨きをかけて一人で階段を上ってきた。
どちらが大統領になっても「女性で初」という冠がつく。ヒラリー氏が就任した場合、性差の壁だけでなく共和党から民主党に政権が移動し、政党イデオロギーの壁が破れることになる。コンディは大統領選への意欲を示していないが、仮に彼女が出馬して当選すれば米国社会の暗部に横たわる人種の壁を政権が超えることになる。新しい女性の政治リーダーの誕生は、誰もが国家元首である大統領になり得るという「アメリカンドリーム」が本当の意味で実現することでもある。
(日経産業新聞 2007年4月6日掲載「私の本棚」より抜粋)
「マーリー 世界一おバカな犬が教えてくれたこと」(ジョン・グローガン著)
いま、日本は空前のペットブームで関連ビジネスも活況を呈している。とりわけ犬を飼う人の数は多い。犬を実際に飼ってみると、その苦労や煩雑さは大変なのだが、愛犬が飼い主に示してくれる純粋さや忠誠心はそうした苦労を忘れさせるほど大きい。犬に心を癒やされ、救われる人は多い。
この本はジャーナリストである筆者と雄の愛犬マーリーとの十三年間の奮闘をつづったエッセーだ。単なる育犬日誌ではなく、筆者の家族の成長ストーリーが重なり、日ごろ垣間見ることが難しい米国の中流家庭のライフスタイルもうかがえる。
登場する愛犬の種類はラブラドール・レトリバー。この犬種は賢くておとなしい性格で盲導犬に重用されている。だが、このクリーム色の大型犬は並外れたエネルギーを持ち、行動的で破壊的、しかも愛情豊かだ。彼の食欲はとどまるところを知らず、落ちているものは何でも飲み込んでしまう。家具や電気製品をかじって壊すなどマーリーが起こす数々の事件に筆者は振り回される。偶然だが、私も同種の犬を飼っていて筆者に同情と共感を禁じ得ない。
涙と笑いなしには読めない名エッセーで、昨年、米国で二百万部を超すベストセラーになったのもうなずける。犬に関心のある人だけでなく、関心のない人にも読んでもらいたい。ペットブームが盛り上がる理由が分かるはずだ。
(日経産業新聞 2007年2月16日掲載「私の本棚」より抜粋)
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